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定量的なモノが自動化されるのに、定性的なモノが未だに活躍できない。

バジルを育て始めました。
どうも、しょーりです。

帰り道にふと考えていたのが表題の件なのですが。
ここ数年やれ人工知能だなんだと言うわけで、パターン化される仕事は全て自動化されていきますよという話は周知の事実だと思います。
テクノロジーによって人々の生活は簡略化され、クリエイティブに割ける時間が大きく増える、はず。
けど実際のところ、どう変わったんだろうと思うわけです。
個人のメディア化が助長され、インフルエンサーなるものの母数が増えたような気はします。
けれども思うわけです。
なんか、面白くない。

まだまだ本質的な部分に近付けていないと言いますか、結局それは今までの延長な気がしてなんともなんとも。
せっかくの自動化の上を、何故かなぞるようなむず痒さを感じるわけです。

かといって、定性的なモノは振れ幅が大きいので、評価も難しいわけで。
故に評価をする側も評価を避けて、元ある評価基準でしか評価できないので、伸びない定性的事象。

評価が難しいモノの評価が当たり前にされるようになることこそが、シンギュラリティの世界で生きることになるだろうと思うわけです。

抽象度の高い空気のモワモワみたいな思考をしていたら、伝わらなすぎて困っているそんな今日この頃です。

まぁ敢えてしてるんですけどね。